千葉大学予防医学センター

学会参加報告

2021年室内環境学会参加報告

2021年12月2日、3日と、京都リサーチパーク(京都市)にて開催された「室内環境学会」に参加してきました。
シンポジウム、研究発表の中から特に印象に残ったものについて紹介します。(予防医学センター 教授 戸髙恵美子)
室内環境学会のプログラムは以下のURLをご参照ください。
2021年室内環境学会学術大会/ホームページ (atlas.jp)

12月2日15:00-17:30
シンポジウム「地球温暖化対策と室内環境イノベーション」

2020年、日本政府は、2050年には二酸化炭素排出を実質的に「0」にする「カーボンニュートラル」を目指すことを世界に向けて宣言しました。
人は一日のほとんどを室内で過ごしますので、室内での活動は二酸化炭素の発生や抑制に大きく影響しています。これからの30年間で、どのようなことが可能で、どのようなことが起こりうるのでしょうか。また、これまで想定されていなかった、COVID19などの感染症対策も考慮に入れなければなりません。このシンポジウムでは、建築、オフィス環境、居住環境など、室内環境を中心に、日本がこれから向かう道を各講演者の先生方が発表されました。

大阪大学の下田吉之先生は、「建築・都市のカーボンニュートラル」と題して講演されました。カーボンニュートラルを目指す際には、国連が提唱しているSDGs (Sustainable Development Goals)にも注意を払わなければならない、とし、これから化石燃料を使った技術は少しずつ消えていき、カーボンニュートラルを目指すために新しい技術が増えていくだろうと述べました。そして、”Low Energy Demand”シナリオに基づき、消えていく仕事と、新しい仕事が出てくる、と予想しています。たとえば、化石燃料関連産業、化石燃料を利用した発電技術、ガソリンスタンド、化石燃料を材料にしたプラスチックなどは消えていくであろう分野です。一方、水素、アンモニア産業、再生可能エネルギー発電技術、バイオマスプラスチック、モーター駆動、住宅充電などはこれから新しく、またこれまで以上に増えていく分野と予想しています。下田先生は、カーボンニュートラルを達成した時、大事なことはライフスタイルイノベーション、すなわち建築に求めるサービスの大きな転換によるエネルギー消費スタイルの大転換である、と述べました。たとえば、テレワークや通販の浸透はオフィスや商業施設の規模や面積を減らすことでエネルギー消費を削減する可能性があります。一方、テレワークを普及させるためには、これまでオフィス環境で求められていた知的生産性が住宅などのテレワーク環境でも求められます。どのような方法でそれらを達成するのか、大きな課題です。下田先生がおっしゃった「カーボンニュートラルへの道程は、我々の経済や暮らし、社会をより豊かにするポジティブなものでなければ国民の共感を得ることは難しい」という言葉に同感しました。
下田研究室 (osaka-u.ac.jp)

慶応大学の伊香賀俊治先生は、「室内環境制御におけるイノベーション 健康・ウェルネスの視点から」と題してお話しされました。WHOは2018年にHousing and Health Guidelinesを公表し、住まいの冬季最低室温を18℃以上、住まいの新築・改修時の断熱工事、夏季室内熱中症対策、住宅の安全対策、機能障がい者対策などを加盟国に勧告しました。しかし、日本の厚生労働省による「健康日本21」には住宅環境に関する対策は含まれていないのだそうです。伊香賀先生が委員会幹事を務めた、国土交通省による「スマートウェルネス住宅等推進事業調査(SWH全国調査)」によれば、全国2,190世帯(亜熱帯の沖縄県を除く)の居間、寝室、脱衣所などの冬の室温を測定したところ、WHOによって勧告された18℃以上の室温を満たさない住まいが9割を占めていたというのです。日本では長く冬季の室内における脳溢血や心筋梗塞による死亡が問題になってきました。兼好法師は、「家のつくりようは夏を旨とすべし 冬は、いかなる所にも住まる」と言いました。高温多湿の日本では、暑い夏を少しでも快適に過ごす工夫をすることが住宅をつくる上で最優先事項であったわけです。そのため、冬に室内が寒いのは当たり前のことであって、寒気対策が後手であった時代が長かったと考えられます。
伊香賀先生は、断熱工事をすることで室温が上がり、高血圧、過活動膀胱が緩和され、要介護度の悪化が予防でき、睡眠の質が改善し、QoLが総合的に良くなる、とお話しされました。子供のいろいろな疾患も少なくなる、とのことでした。居間、脱衣所共に温かいとぜん息が6割減る一方、かび臭い住まいだとアレルギー性鼻炎が1.8倍に、アトピー性皮膚炎が1.7倍に、湿度が40%未満の乾燥した住まいだと中耳炎が1.8倍に増える、とのことでした。地球温暖化対策のためにも、断熱効果の向上の必要性が言われるようになって久しいですが、まだまだ断熱改善の余地はありそうです。
一方で、私たちのグループは長くシックハウス症候群を予防できる街づくり「ケミレスタウン・プロジェクト」をやってきて、新築、リフォーム後の室内空気中揮発性化学物質の濃度が非常に高くなること、それらが人々の健康に悪影響を与える可能性があること、建材(構造材、内装材ともに)の選択が非常に重要であること、自然素材=健康に良いわけではないこと、などを明らかにしてきました。断熱と共に、室内空気質汚染にも十分に注意する必要があると思います。
SWH推進調査事業 住生活空間の省エネルギー化による居住者の健康状況の変化等に関する調査事業 » スマートウェルネス住宅等推進事業について(平成30年度) (jsbc.or.jp)
伊香賀俊治研究室のウェルネスグループ (keio.ac.jp)

最後に、(株)日建建設の堀川晋氏による「室内環境制御におけるイノベーション 建築設備の視点から」というお話しがありました。この中で特に印象深かったのが、コロナ対策の新しい換気システム、「かけ流し空調(日建建設さんによる命名)」です。従来の空調システムは、天井に空調設備があり、新鮮な空気は天井から噴き出してきて室内をめぐり、天井から吸い込まれていきます。この方式だと、現在問題になっているコロナ感染症のウイルスは一度室内に入ったらすぐには外に出て行かず、室内に滞留することになります。「かけ流し空調」では、天井から新鮮な空気を吸い込み、床から室内の空気を吸引して外に出します。これだと、ウイルスが室内に滞留する時間は比較的短くなり、速やかに床から外に出ていくことになります。「目からうろこ」と言いますか、これまでにない発想だなあ、と感心しました。

研究発表

研究発表で私が特に注目したのは、室内空気中の揮発性物質による健康影響についての発表でした。家庭内でたまるホコリに含まれるSVOC(準揮発性有機化合物)やリン系難燃剤、プラスチック可塑剤の室内濃度分布と汚染要因の解析についての発表(戸次らA-17、池田らA-18、金らA-19)、環境過敏症患者に配慮した「まちづくり」についての発表(柳田らC-04)などでは、室内空気中に建材や内装材、家具などから揮発する化学物質の中に、アレルギー症状や子どもの学習障害、行動障害などに関連するものがあり、濃度を下げる工夫をすることの大切さが理解できました。

新しい問題では、室内空気中のマイクロプラスチックの実態調査(田中らA-20、倪らA-21)についての発表を興味深く聞きました。内装材、家具、洋服、日用品など、室内で使われるものには様々なプラスチックが使われていますが、プラスチックは紫外線によって劣化して剥離し、あるいは破断され、それらを人は室内で吸引します。それらによる健康影響はどのようなものがあるのか、研究は始まったばかりで、現時点ではどうやってマイクロプラスチックを検出し、分析することが科学的に正確なのかを検討している段階であることがわかりました。

そのほか、QEESI (Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory=環境化学物質暴露と感受性についてのアンケート)とEHS (Electromagnetic Hypersensitivity=電磁波過敏症)問診票を使って大学生の環境過敏症度についての調査を行った結果発表(小山らB-09)では、EHSのスコアが高い学生に睡眠障害や抑うつ状態が多いことが発表されました。以前、弁護士の知り合いの女性が、妊娠したら、それまで気づかなかったラップトップの電磁波を感じるようになった、と言っていたのを思い出しました。皆が同じではなく、花粉に敏感な人、臭いに敏感な人、気圧に敏感な人、化学物質に敏感な人などいろいろなのだと思います。私は実は臭いと化学物質に敏感で、普通の人が感じないような低い濃度でも頭痛がしたりのどが痛くなったりしますので、通りすがりの人が強い香りの柔軟剤を使ったりしていると自動的に息を止めるよう、体が反応するようになっています。

最後に、エアコンからのカビが季節によりどのように変化し、室内でどのように挙動するか(橋本らC-07)の発表が、実体験ともリンクしていて興味深く聞きました。

トピック

1.ハイブリッド学会形式

最近では、コロナの影響で対面とウェブの両方の発表形式を融合した学会が増えました。大変便利です。ウェブであれば、目の前にラップトップの画面があるので、前の席の人の頭で画面が見えない、ということもなく、細かい文字や数値もはっきりと見えます。一方、対面だと質疑応答の際にすぐに質問をすることができ、さらにその場にいる方々と直接お話しすることができます。これからの学会はこれが普通になってほしいものだと思いました。

2.スタンプラリーによる企業展示への誘導

今回、企業展示ブースへの画期的な誘導方法がありました。それは、企業展示ブースのスタンプラリーです。学会を開催するには、企業さんに協賛金を出していただくことが欠かせません。そして、企業さんにとっては、学会に参加する研究者の皆さんと情報交換をしたり、企業の製品のアピールをしたりする機会があることが学会参加の大きなメリットです。しかし、多くの場合、せっかく企業ブースがあっても訪れる人が少ないと、メリットを感じなくなった企業さんは協賛事業から撤退される可能性が高くなります。今回は、企業ブース参加のスタンプラリーがあり、一か所訪問するたびにスタンプを押してもらい、すべて埋めると京都のお土産と交換してもらえます。これまでいろいろな学会に参加しましたが、このような取り組みは初めてでした。今後はこのような形で企業の皆様にも、学会参加者にもメリットのある形での企業展示が広がると良いと思いました。

企業さんの発明

企業ブースでは、その企業さんの開発されたさまざまな機器などについての説明があり、時には小さなお土産ももらえます。私が今回「これはすごい!」と感動したのは、(株)アイデックさんが配布していた「アトマイザー一体型ボールペン」です。コロナ感染症対策で、スプレーボトルにアルコールを入れて持ち歩く方も多いと思います。このボールペンには、上の部分にアトマイザーが付いていて、少量ですが消毒用アルコールを入れることができるのです。目の付け所がいいなあ、と感心しました。

ちょっとおいしい話

会場の近くには京都中央卸売市場があり、市場で働く人向けの食堂がいくつもあります。朝早いセッションの日は、朝ご飯を市場の食堂で食べてから行くことも可能です。私はGoogle Mapsで付近の食事処を検索し、「伊勢屋」さんというおいしいおうどんのお店を見つけ、甘めのふんわりしたお揚げのきつねうどんをいただいてから会場に行きました。麺は今はやりの讃岐うどんのように「コシが強い」のではなく、細くて柔らかいです。私は両親が関西の人間でしたので、こういう関西風おうどんが大好きです。お店のご主人は物腰の柔らかい方で、セルフサービスであったにもかかわらず、私が薬を飲もうとするのを見て、「お水を持ってきましょうね」と、ご親切にお水を出してくれました。

ランチも会場から徒歩5分の市場の中にある食堂「食彩よしもと」で新鮮なお刺身定食をいただきました。お刺身はもちろん魚市場で仕入れたばかりなので極上でしたが、ご飯(お米)が実においしかったので感動しました。

市場近くには果物屋さんなどもあり、旅行で不足しがちなビタミンを補える果物を買うこともできました。京都リサーチパークで会議に参加する方は、ぜひ市場で京都の格安のご馳走をお楽しみください。

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